”小僧三年”ということ
私たち職人の世界には”小僧三年”という言葉がある。
これには”最初の三年間は小僧(見習い)として辛抱して励みなさい”という意味と”三年間頑張れば少しづつ認められて仕事が楽しくなってくる”という意味があるそうです。
しかしながら私にはもっと残酷な意味が含まれていると思うのです。

石の上にも三年
昔から”石の上にも三年”という言葉があるように、三年間というのは何か頑張ることに対しての一つの区切りになる期間として使われることが多いです。
学生で言えば、中学校や高校は三年間だし、昔の丁稚奉公の期間も三年が目安だったようです。
もちろん、陸上自衛官のように”二年一任期”の場合もあるが、海上・航空自衛官は”三年一任期”である。
これは”基本を学ぶためには三年程度の期間が必要だ”という先人たちの経験則からきているものだと思います。
弊社も募集の際の経験者の基準を”三年以上”としています。
三年間続けた先に見えるもの
私の経験上、未経験から三年間続いた人間はその後も会社は変われど、植木屋を続けられる人間が多いように思います。
というか、ほとんどの人が続いているのではないでしょうか。
これは三年間のうちに、基本的な技術だけではなく、植木屋としての心構えや自分なりの楽しさなども見つけられるからだと思います。
未経験者も三年頑張って四年目ともなると、任せてもらえる仕事の幅も増えて、今までは先輩がやっていた作業を少しづつ任せてもらえたり、知識に関する探究心が芽生えたりと、このころが一番楽しいと思える時期なのではないのでしょうか。
私自身も修行中の四年目~六年目辺りはとにかく仕事が楽しく、いろんな親方から”最近ノリに乗ってるね”などとよく言われたものである。
”三年も”と”三年しか”
ここまでの話を聞いて”三年も我慢しなくてはいけないのか…”と思った人もいると思います。
だが、現実は少し違う。
”三年も”ではなく”三年しか”なのです。
ここで冒頭に触れた話に戻ると”小僧三年”という言葉には続きがあって、
”小僧三年、中増(なかまし)三年、七年目からは一人前”
と続きます。
これは"小僧を三年務めた後は中増(中堅)として少しづつ仕事を任され、さらに三年間修業をし、七年目からようやく一人前として認められるようになる"という意味の江戸時代の徒弟制度を表したことわざです。
ここだけ読むと”七年目になれば一人前だ”と思う人もいるかもしれません。
だが実際はもっと残酷で”七年目までに一人前にならなければならない”と言う意味なのです。
小僧の年季が明ければ、会社は次の小僧(新人)を雇います。
その新人に小僧の仕事を教えるのは中増であるあなたの仕事なのです。
さらに中増としての自分の仕事を覚えなければならない。
つまり、”小僧の内に覚えるべきことは小僧の内にしか覚えてる暇がない"と言うことであり、言い換えれば、中増になってしまうと"覚えていなくても強制的に小僧を卒業させられてしまう"と言うことなのです。
時間はあなたの意図に反して残酷なほどあっという間に過ぎていきます。
これを”三年も”と思うか”三年しか”と思うかはあなた次第ではないのでしょうか。
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